「今月も研修と人手不足でギリギリだった」「利益は出ているのに、なぜかスタッフの表情が明るくない」——介護・障がい福祉の現場を預かる経営者・管理者なら、一度はそう感じたことがあるのではないでしょうか。今回は、江戸時代後期に600か村もの農村復興を手がけた二宮尊徳の「報徳思想」から、介護現場の経営に活かせるヒントを探ります。
二宮尊徳とは何をした人か
二宮尊徳(二宮金次郎)は、相模国(現在の神奈川県小田原市)に生まれ、幼くして父母を失い、荒れた田畑を一人で立て直した経験を原点に持つ人物です。37歳のとき、小田原藩主・大久保忠真の依頼で下野国桜町領(現在の栃木県真岡市)の復興に着手しました。自ら財産を売り払って桜町に移住し、先頭に立って用水路や堰、橋の改修にあたるなど、苦節10年をかけて荒廃した領地を立て直しています。この成功が評判を呼び、生涯で手ほどきをした地域は600か村に達したといわれています。
これは「トップが率先して現場に立つ」という、今の介護経営にも通じる姿勢です。人手不足で疲弊した現場ほど、経営者・管理者が現場感覚を持ち続けることが立て直しの起点になります。
押さえておきたいポイント
- 二宮尊徳は自らの困窮体験をもとに、机上の理論ではなく実践から仕法を編み出した
- 桜町領の復興は10年がかりの地道な取り組みであり、即効性を求めなかった
- リーダーが現場の先頭に立つ姿勢が、周囲の信頼と協力を引き出した
報徳思想の四つの教え・至誠・勤労・分度・推譲
尊徳が体系化した「報徳思想」は、「至誠」を土台に「勤労」「分度」「推譲」を実行するという考え方です。至誠とはまごころのこと、勤労とは物事をよく観察し社会の役に立つ成果を考えながら働くこと、分度とは自分の置かれた状況をわきまえ収入に応じた基準の中で生活すること、推譲とは生活の中で生まれた余力を将来のためや他者・社会のために譲ることを指します(出典:真岡市公式ホームページ「真岡の偉人『二宮尊徳』の説いた『報徳』とは?」https://www.city.moka.lg.jp/kakuka/bunka/gyomu/rekishi_bunka/rekishi_bunkazai/5/21192.html)。
介護経営に置き換えると、至誠は利用者・スタッフへの誠実な向き合い方、勤労は目の前の業務の意味を考えながら働く姿勢、分度は身の丈に合った人員配置や投資判断、推譲は生まれた余力を人材育成や地域貢献に回すことに重なります。四つはどれか一つだけでは機能せず、まごころを土台にした上でバランスよく実践することが肝心です。
押さえておきたいポイント
- 至誠(まごころ)を土台に、勤労・分度・推譲を組み合わせて実践する
- 分度は「無理のない基準を決めて守る」という経営の規律そのもの
- 推譲は目先の利益だけでなく、次世代や地域への還元を意識する発想
一円融合の思想と地域貢献への広がり
尊徳の教えの中でもう一つ重要なのが「一円融合」です。これは「徳を以て徳に報いる」和の精神を表す言葉で、道徳と経済の調和・融和を図り、私利私欲に走らず社会に貢献すればやがて自らに還元されるという考え方とされています(出典:コトバンク「報徳思想」https://kotobank.jp/word/%E5%A0%B1%E5%BE%B3%E6%80%9D%E6%83%B3-132370)。個人と組織、組織と地域が対立するのではなく、互いに恩を返し合いながら一つの円のように結びついていくイメージです。
介護・障がい福祉の事業所は、利用者・家族・スタッフ・地域という多くの関係者に支えられて成り立っています。目先の効率だけを追うのではなく、「この地域があるから事業所が成り立ち、事業所が良くなるから地域も助かる」という循環を意識することが、一円融合の考え方を現場に落とし込む第一歩になります。
押さえておきたいポイント
- 一円融合は「徳を以て徳に報いる」和の精神を表す言葉
- 事業所の利益と地域・利用者の利益は対立するものではなく循環するもの
- 目先の効率よりも、長い目で見た信頼関係の積み重ねを重視する
尊徳の教えは200年近く前のものですが、人手不足という制約の中で誠実に現場と向き合い、無理のない範囲で運営し、生まれた余力を次の世代や地域に返していくという発想は、今の介護経営にもそのまま通じます。至誠・勤労・分度・推譲、そして一円融合という言葉を、日々の判断の物差しの一つにしてみてはいかがでしょうか。小さな積み重ねが、スタッフと地域の双方からの信頼につながっていきます。
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介護業界で25年以上、現場・介護施設の管理者・ケアマネジャー(介護支援専門員)を経験。2013年に株式会社はなひろを設立し、福島県須賀川市・郡山市・矢祭町でデイサービスなどの介護事業所を運営しています。一般社団法人 全国介護事業者連盟 福島県支部 副支部長。






