2020/03/25

Column: 地域コミュニティーにおける交流の必要性やメリットを考える意義や価値とは

正直に言えば、私には、地域コミュニティーでの交流の必要性やメリットが分からない。それは地域の行事にあまり参加しなかったり、隣人の顔さえよく知らないマンションで生まれ育ったりした、地域関係が希薄な私のバックボーンが強く影響していると思うのだが、2020年のいま、交流や出会いのきっかけはスマホの中に無数にあって、地域の面識がないおじさんに挨拶されても、恐怖を覚えるのが一般的な感覚なのではないだろうか。地域関係や地域での繋がりが濃密だと、もしもの時都合が良いのは認めるが、そんなものは大して何にもならない生温いもので、却ってあらゆる人の人生が擦れ違っていく渋谷駅前の交差点や、センター街の喧噪の中では、オープンマインドに街を歩けるし、皆一人で生きている様に知覚する東京は生き易い街だと思う。しかし、いま参加中のインターンで、地域コミュニティーにおける交流の必要性やメリットを考える意義や価値を初めから考えさせられ、新たな価値観を見出せたと思う。だから、ここでその感覚を相対化してみたい。

ツイッターのフォローしてる、してないの結び付きや、終演後の小さなライブハウスで喫煙時に生まれる集団とは異なり、人間は地域コミュニティーで生きている。地域コミュニティーや共助のメリットなんぞ考えるのは野暮で、そこで生きていくのが大前提としてある。単に、そこで人々が助け合えるか否かが、地域の共助で福祉を行えるか否かとイコールであり、言わずもがな助け合える方が良い。私は都市部で地域コミュニティーが衰退、消滅しているのは、それが不必要なモノだからと考えていた。無用なモノは時間と共に消えゆくのは自明の運命だが、もっと根源的に地域コミュニティーは人間が生きていくベースであり、根幹だ。インターンで様々な方とインタビューを行い、地域で事業に取り組む理念や地域への愛に触れ、そんな当たり前の感覚を20年生きてきて初めて痛感した。

個人主義が幾ら社会に拡がろうが、人は一人では生きていけない。あたかも自分だけで生きている様に思い込んでいても、必ず他者との関わりの中で生きている。地域コミュニティーにおける交流は、あった方がいいものとして進む講義を、今までなんとなく聞いていたが、インターンに参加してこれまでにない考え方を会得し、やっと地域コミュニティーについて考えるスタートラインに立ったと思っている。

「福ひろば」インターンシップ生

立命館大学2回 石上温大